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原作漫画 三好 輝先生×野村和也監督 スペシャル対談<完全版>

「ジャンプSQ.」4月号で実現した、原作漫画の三好 輝先生と野村和也監督のスペシャル対談。

誌面で紹介しきれなかったお話を加えた完全版を公式サイトで大公開!

1万字超えの貴重なトークを、じっくりお楽しみください。


原作漫画 三好 輝先生×野村和也監督 スペシャル対談<完全版>

 

 

“中間管理職”的なウィリアムに共感できました

 

――『憂国のモリアーティ』をアニメ化するに当たってのお話から伺えればと思います。まず、三好先生はアニメ化が決定した際どんなお気持ちでしたか?

 

三好 とてもありがたいことに、連載を始めて早い段階で、いくつかの会社さんからアニメ化のお声がけをいただいていました。どちらにお願いするかは集英社さんにお任せしたのですが、最終的に制作スタジオがProduction I.Gさんに決まったのはすごく嬉しかったです。

 

というのも、I.Gさんには前の連載(『PSYCHO-PASS サイコパス』コミカライズ)でお世話になっていて。私がこうして漫画家として活動できているのは、I.Gさんのおかげだと思っているんです。ですから今回、少しでもその恩返しできたらなと。そのためにも、絶対いい加減な作品にはできない!と気が引き締まりました。

 

――アニメ化を受けて、作品作りに何か変化はありましたか?

 

三好 アニメはアニメとして物語の区切りが作れるよう、担当編集さんや構成の竹内良輔先生に漫画の大枠を作っていただきました。常日頃から「アニメが中途半端なところで終わってしまうのはもったいないですよね」と話していたんですよ。幸い放送までに時間もありましたし、原作としてもアニメ2クール分を意識して制作にあたっていました。

 

――野村監督は、漫画『憂国のモリアーティ』にどんな感想を抱かれましたか?

 

野村 まず、キャラクターがよく立っているなと思いました。表情や動きを眺めているだけでも楽しくて。

 

最初のほうは、主人公のウィリアムがアルバートやルイスに比べて捉えどころのない人という印象が強かったのですが、読み進めていくうちに、彼は本来持っている人間性や彼自身というものを脇に置いてしまっているんだなと感じました。

 

それは、ウィリアムが自分の使命を全うするために生きようとしているからなのですが、彼のこの捉えどころのなさが、本作のミステリアスさにも繋がっていると思います。

 

またそう考えると、僕としては共感できるところもあって(笑)。

 

――というと?

 

野村 最終的な目的のために自分を捨ててでも先導役を務める……というところは、自分が監督という立場上、理解できる部分がありました。「ウィリアムって中間管理職的なところもあるのだろうか?」と考えたら、より彼に共感を持てたような気がします。

 

『憂国のモリアーティ』にはいろいろなキャラクターが登場しますが、やっぱり軸になるのはウィリアムで。だからアニメを作る上でも、彼がやりたいことや彼が考えていることを一番大事にしなければ、と思いました。

 

――三好先生はウィリアムを描く際、どんなことを意識していますか?

 

三好 そもそも、原案としているコナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』シリーズにも登場しているキャラクターは、みんな元の設定が魅力的なんですよね。そこから『憂国のモリアーティ』を作っていく上で、広げられる部分は広げていきたいなと思っています。

 

そんななか、ウィリアムに関しては原作小説と大きく異なるキャラクターになっているのですが、それは、原作のモリアーティ教授と同じように恐怖で人を従える人間を描いても、現代日本人が読んで「この人に付き従いたい」と思わないんじゃないかな?と考えたからです。

 

生きるか死ぬか、殺すか殺されるか、という場面で本当に頑張れるのって、恐怖よりも「この人が好きだから」「この人のためなら」という気持ちのほうが力が出るはず。だから、ウィリアムはとにかく魅力的でカリスマ性があり、人に愛されるキャラクターになるよう意識しています。

 

 

 

19世紀のイギリスをどう描くか——苦労した世界観の表現

 

――おふたりが作品作りにおいて、大切にされていることは何でしょう?

 

三好 漫画制作では、「とにかく読者の方に分かりやすく」を第一にしています。ただ、本作の連載初期は、この世界観をどう伝えようかすごく苦労しました。「シャーロック・ホームズ」という単語を出すだけで、探偵モノかつミステリー作品であるということは十分伝わりますから、それはすごくやりやすくて。

 

ただ、作品舞台となるのは、19世紀のイギリス。当時生きていた人たちの常識や生活様式、価値観、社会概念が、現代日本とはあまりにも異なっていて、言ってしまえばファンタジー漫画の第1話を描かなければいけないというくらい、読み手に予備情報を伝える必要がありました。

 

でも、それを丁寧にやりすぎるとページ数が膨大になってしまうし、ただ説明書きを並べた教科書的な漫画になってしまう。だから漫画では、史実に基づきながらも、正確性より読みやすさや分かりやすさを大切にしています。

 

野村 三好さんがおっしゃったとおり、本作には時代背景に合わせると表現できないものがたくさんあるんですよね。まず電気がないし、車じゃなくて馬車が走っているし。今の日本と共通していることと言えば、左車線を走るという交通ルールくらい(笑)。

 

でもどの作品を作るにあたってもそうですが、その世界観を作っていくことは物語に没入してもらうために外せない要素だと思っているので、世界観をガッチリ作り込むことは大切にしています。

 

ですので、本作でもビジュアル面で19世紀のイギリスを表現するのは意識しているポイントです。それにたとえ画面の中に見慣れないものがあっても「昔ってこうなってたんだ」とか「あれは何だろう?」と気付いてもらえることも多いので、そういう面でも楽しんでもらえているのかな、と。

 

ただ、そこにこだわりすぎて、本当に見てほしいポイントが変わってしまったら意味がないので、時代背景を調べ尽くした上で、あえて使わなかったり、ぼかした表現にしたりすることもあります。まずはやっぱり、キャラクターに目が行かなければいけませんから。そこはこだわりのひとつと言えるかもしれません。

 

それに加えて本作は色や音楽を派手に分かりやすく付けているので、映像的な情報量は多くても、視聴者目線では観やすい作品になっているんじゃないかと思います。

 

――三好先生は、アニメの描写で驚かされたところはありますか?

 

三好 毎話驚かされていることばかりです!

 

野村 ありがとうございます(笑)。

 

三好 本当に! 第10話でシャーロックとジョンがヨークに行ったシーンで、「水面をすごく細かく綺麗に描いてくださっている……!」と嬉しくなりました。

 

野村 実は、19世紀のロンドンを描くのは背景美術的にはあまりに大変なので、美術監督の谷岡(善王)さんと「世界観はなるべく壊さず、省略できる形も模索してみましょう」とやりとりしていたんです。

 

でも蓋を開けてみたら、結局いつもどおり密度が高く本作の世界観に合った仕上がりで……ご苦労をおかけして本当に申し訳ないのですが、背景を見た瞬間「なんて素晴らしい美術なんだろう!」と思うことがたくさんあります。

 

三好 ほかにも、監督が先ほどおっしゃった、“調べた上であえて表現しない”ということも、もちろん自分でもやってはいることですが、アニメはその質が全然違うなと感じました。

 

 

 

 

死を扱う作品だからこそ、血の表現を規制したくなかった

 

――改めて、監督が本作のアニメ化において、制作面でこだわったところを教えてください。

 

野村 こだわり尽くしではありますが、シナリオやストーリーの面においては、「犯罪相談役(クライムコンサルタント)」というウィリアムの特殊な立ち位置に気を配りました。

 

彼は自分が先頭に立ったり表立って動いたりするのではなく、計画に沿って仲間や第三者、犯人を動かしていく人。物語序盤でその人物像をある程度定着させたい、と考えていました。

 

また、ウィリアムは犯罪者なので闇を孕んだ人間でもあって。彼だけでなく、モリアーティ陣営のキャラクターはふとした瞬間に恐ろしい面を垣間見せる人たちであるということを忘れないよう意識しています。

 

――アニメでは赤の色使いにもこだわられていると伺ったのですが、三好先生は色の面でどんなこだわりをお持ちでしょう?

 

三好 キャラクターデザインの面で言うと、悪の立ち位置であるウィリアムたち3兄弟に色を多く配置し、反対に正義として描くべきホームズ兄弟はモノクロというか、パッと見は悪役的な色味にしています。

 

またカラーイラストを描くときは、ウィリアムの瞳を赤で派手めに塗って、全体の印象を締めるようにすることも。

 

漫画はモノクロですが、普段は抑えた赤でも、犯罪を犯すときやここぞというときは強い赤で表現しようと考えていたので、監督の作ってくださるアニメは私のイメージ通りですし、アニメでの瞳の描写にはいつも注目しています。

 

野村 僕が細かく指示しなくても、スタッフ自ら色を強くしたりディテールを足したり、たくさんこだわりを持って作ってくれているんです。それだけ本作からは、立たせるべきポイントがハッキリ伝わってくるんだろうと思います。

 

特にウィリアムは、不思議と目を引く魅力があって自然と凝ってしまうキャラクター。だから、シャーロックを見せたいのに隣のウィリアムに目が行ってしまう……なんてこともあるのでそこは悩みどころですね(笑)。

 

――アニメ1クール目を終えて、野村監督が特に手応えを感じているシーンは?

 

野村 個人的に、第8、9話に出てきたジェファーソン・ホープが、すごく好きなキャラクターなんですよ。

 

三好 そうなんですね!

 

野村 ああいう男性キャラが好きなんです。第9話で、ホープとシャーロック、ジョンが墓場で対峙するシーンがあるのですが、そのやりとりを見下ろしているカラスの絵には、異常なこだわりを込めました(笑)。

 

三好 そうだったんですか!?(笑)

 

野村 元々動物が好きなのでついこだわってしまうというのもあるんですけど、あのカラスはウィリアムの化身で、シャーロックが自分の提示する悪魔の取引に乗るかどうかをじっと見ている……ホープの事件はウィリアムにとってシャーロックの資質を見極めるオーディションでもあったので、そういったイメージで描きました。

 

ホープに関しては動きや表情にもかなり修正を入れましたし、キャストさんにも特にこだわって、納得いく方が見つかるまで何度かやりとりさせていただいています。

 

――そこまで愛情を持って作られたキャラクターだったんですね。

 

野村 犯人役のキャラクターって、面白いじゃないですか。あの時代の闇や、階級制度の象徴でもありますし、彼らの悲しみや狂気に対してウィリアムたちがどう関わっていくのか重要なポイントでもありますよね。

 

また、ホープはウィリアム、シャーロックのふたりと対等にやりあう人物ですから、それなりのアクの強さがないと目が行かない。そういう意味で、アニメのホープはかなり癖の強い感じに描いています。

 

三好 ホープは、アニメになったことでより感情移入できたキャラクターでした。漫画を描いているときも頭の中でそう思ってはいたのですが、アニメになり、声の芝居や動きの演出が加わったことで、より心に響きましたね。

 

野村 ホープはすごく人間臭くて、そこがいいなと思うんですよね。ウィリアムやシャーロックでは、なかなか描けない部分なので。

その点では、2クール目から登場するアイリーン・アドラーも、すごく人間的な魅力を持ったキャラクターです。

 

――では、三好先生が1クール目をご覧になって、特に印象に残ったところは?

 

三好 すべてなんですが、いくつか挙げるなら第1話がオリジナルストーリーになっていたのは面白かったです! また、第2、3話を拝見したときは、漫画からさらに良くしていただいているなと、胸がいっぱいになりました。

 

残酷な描写もあるので表現をぼかされてしまうかなと思っていたのですが、実際は5割増しで描いてくださっていたので。

 

野村 あはは、そうですね(笑)。

 

三好 特に、アルバートが実弟のウィリアムを刺すシーンで、木片を刺したままさらに捻っている描写を観て、ものすごくテンションが上がりました。あそこを観たときに、「この先どんな事件でも、きちんと残酷に描いていただけるだろう」という安心感を覚えて。「本当にありがとうございます!」という気持ちです。

 

野村 あれでも少し抑えたくらいだったんです(笑)。ここまで人が死ぬ作品に携わるのは僕自身初めてなのですが、死を描くのであれば、血の表現をなるべく規制しない形にしたくて。

 

もちろん直接的な描写を避けることはしていますが、例えば第1話で霊廟に広がる血溜まりや、イーデンの持つハサミにべっとり血が付いているところなんかは、思い切りやらせていただきました。チェックの時にあのシーンを観たスタッフがみんな「怖い…!」と青ざめていたのを強烈に覚えています。

 

それに、視聴者の方からも同じような感想があって。その反応を見て、あの血から実際には描いていない部分を脳内で補完してくれたんだろうな、と感じました。直接的な描写がなくても、そうやって怖さを連想させられたのなら、演出的に成功したなと思います。

 

 

 

声や動きが付くことで生まれる、新たな解釈とキャラクター性

 

――三好先生はアニメならではの表現に刺激を受けたり、漫画にも取り入れてみようと思われたりした部分はありますか?

 

三好 たくさんありますね。まず、漫画ではアニメーション的な動きや音声は表現できないですから、今までそこを意識したことがなかったんです。

 

でも、ウィリアム役の斉藤(壮馬)さんが、「Catch me if you can, Mr.Holmes.」のイントネーションにものすごくこだわってくださったのを見たりして、そうやって声や動きが付くことで新たな解釈が生まれるんだ、ということを知りました。

 

そこから、今では「もし自分がこのシーンを映像にするなら、どうするかな?」とか、「これを野村監督がアニメにしてくださるなら、こういうアングルから持ってくるかな?」とか、「ここでこういう曲が流れるかな」など……漫画を描きながら、そういったことまで考えるようになりましたね。

 

野村 それは嬉しいですね。

 

三好 アニメからとても良い影響を受けています。

 

――三好先生はアフレコにもリモートで参加されているとのことで、キャスト陣の演技をお聞きになった感想も教えてください。

 

三好 斉藤さんはウィリアムに魅力をプラスしてくださるお声ですし、シャーロック役の古川(慎)さんは、聴いた瞬間「これはシャーロックだ!」と感じた方だったので、引き受けていただけてとてもありがたく思っています。

 

皆さんドンピシャなのですが、個人的には「大英帝国の醜聞」編のアルバートのお芝居も印象深かったです。アルバートって……実はけっこうぶっ飛んだキャラクターなんですよね(笑)。

 

野村 そうですね(笑)。

 

三好 でも、パッと見は普通の人に見える必要があって。アルバート役の佐藤(拓也)さんのお芝居を聴くと、あたかも正論を述べているかのように聴こえてくるんです。文章で読んだら「この人は何を言っているんだ!?」というセリフなのに。

 

担当さんともそこがアルバートの大事なポイントだと話していたので、見事に表現していただけてよかったです。

 

野村 佐藤さんって、すごく説得力のある声をしていらっしゃいますよね。あの声で喋られたら、どんなことでも納得させられてしまうなと思います(笑)。

 

一方、斉藤さんの声は、ミステリアスな雰囲気を孕んだ艶のある声。アルバートは大人な色気があるのに対して、ウィリアムはミステリアスな色気があって、はっきり違いが出ているのもいいですよね。

 

実はアルバートはスタッフ内でも人気が高いキャラクターなんです。

 

――そうなんですね!

 

野村 ウィリアムに人気が集まるかと思っていたので、驚きました。

 

彼の場合、基本的にどっしり構えていて派手なシーンはないですし登場回数もそこまで多いほうではなかったので、キャラとしてちゃんと立ってくれるだろうかと少しだけ心がかりもあったんです。でも全然心配いらないなとホッとしました。

 

――アルバートといえば、幼少期も佐藤さんが演じられたのが印象的でした。

 

野村 あれは、当初はスタッフ間で協議していたんです(笑)。でも音響監督のはた(しょう二)さんが、「絶対に行ける!」とおっしゃってくださって、収録前に一度佐藤さんにテストもして頂いて。

 

結果的に、佐藤さんにドンピシャな声で演じていただけました。

 

三好 幼少期も同じ声優さんに演じていただけたことで、この作品はアルバートの物語から始まっていくんだな……ということを視聴者の方にも印象付けられたと思うので、すごく良かったです。

 

 

 

天使のようで悪魔のようで……ウィリアムは表情豊かなキャラクター

 

――おふたりが思う、モリアーティ3兄弟とシャーロックの魅力や彼らを描く際に意識していることなどを教えてください。まずウィリアムについては、いかがでしょう?

 

三好 ウィリアムはカリスマ性を持ち、周りの人から愛される人間であることが絶対です。目線や手の動き、髪の靡き方などで、それをできるだけ表現するよう心がけています。

 

単行本第13巻収録の第49話でフレッドに見せている天使のような笑顔は、虐げられている人々にとって、ウィリアムはまさしく天使だから。そして彼がああした柔らかい表情を向けることができるのは、根底に虐げられている人々への思いやりを持っているから、という思いを込めました。

 

野村 ウィリアムを描く際絶対に気を付けているのが、姿勢です。猫背だとウィリアムじゃなくなってしまうため、シルエットは綺麗になるよう意識しています。

 

また、ウィリアムは意外と表情豊かなキャラクターですよね。教師をしているときは一見ぼんやりした先生のようで、第5話では生徒に怖い顔も見せたり、また第10話では汽車でシャーロックと再会し、キョトンとした顔になったりすることも。

 

ちなみに第10話の「Catch me if you can, Mr.Holmes.」のカットは、キャラクターデザイン・大久保(徹)さん渾身の作画です。それまでの雰囲気から一転、犯罪者のような顔でシャーロックを焚き付けるように見据えるあの変貌ぶりが許されるのは、ウィリアムだけですよね。

 

天使のように笑っていたかと思えば、次の瞬間には悪魔のような顔を見せたりする。その点ルイスは、すぐに表情に出ちゃいます。

 

三好 そうですね(笑)。

 

野村 食堂車にシャーロックが現れたときも、明らかに動揺したり敵意を見せたりしていますよね。「シャーロックこの野郎!」と思ったら、すぐ顔に出てしまう。そんな、感情がストレートなキャラクターです。あとは、兄や仲間に見せる面と、それ以外に見せる面をハッキリと変えることも意識しています。

 

三好 漫画でもやはりルイスは、ウィリアムに見せる顔とそれ以外の人に見せる顔とで、明らかに変えるようにしています。彼の中では現時点で、「兄さんと、兄さん以外の人々」という区切りがあるんです。そのためシャーロックにも、敵意を明確に剥き出しにします。

 

野村 ルイスはやっぱり、可愛い印象が強いです。マスコットキャラ的というか。モリアーティ家では執事も担当しているため、兄弟でありながらウィリアムが座る横にずっと立って控えていたり、ティーテーブルが脇にあったり。

 

兄さんが大好きで尊敬しているのと同時に、自分の主人とも思っている。そんなウィリアムを陰ながら思い続けている姿が、ルイスの可愛さに繋がっているんでしょうね。

 

――ウィリアム、ルイスと伺ったので、次はアルバートについてお聞かせください。

 

三好 実はアルバートは、最後までキャラクターが固まらなかった人でした。デザインはできたのですが、彼が3兄弟の中でどういう立ち位置にいるのか、固まっていない状態で連載を準備していたんです。

 

第1話のネームから描き進めていたのですが、一旦それを置いて第2話を先に作ってみたところ、家長兼伯爵として年上の貴族と対等に話していたり、人が死んでいるのに平然とワインを飲んでいたり。そのおかげですごく良いキャラクターに固まりました。

 

またアルバートは貴族に生まれ、階級社会で育ったのに、どうして彼だけがこの世界に疑問を持ったんだろう?と、佐藤さんもおっしゃっていたんです。それは多分、単にアルバートが不思議に思っただけなんじゃないかなと思っていて。

 

――ぜひ詳しく聞かせていただけますか?

 

三好 自分たちは食事をしているのに、側に控えるメイドたちは常にいないものとして扱われる。同じ人間のはずなのになぜだろう?……そんな単純な疑問の積み重なりが彼という人間を構成していったんだろう、と。

 

もしアルバートがウィリアムと出会っていなかったら、どうなっていただろう?と私も疑問で。恐らくそのまま国会議員になって国をより良くしようしていたとは思うのですが、階級制度という敵はあまりに大きく漠然としている。

 

時代が時代なら、ヨーロッパ中を権力から解放し平等にしていこうとしたナポレオンに傾倒していたかもしれません。ただそのナポレオンが、アルバートにとってはウィリアムだった。

 

だから結局のところ、アルバートはただ“ウィリアムと出会ってしまっただけ“の人間なのかなとも思っています。

 

野村 アルバートはウィリアムと同じくらい、この世界に絶望している人なんだろうなって。表向きは堂々としているし、普段は軍人として働き、仕事もそつなくこなしているんでしょうけど、ふとした瞬間すべてに絶望している瞳を見せるんです。

 

例えば第2話の、父親から適当に養子を見繕ってこいといわれたときの光を失った目や表情とか。

 

1クール目のエンディングは僕が絵コンテを担当しているのですが、アルバートのそういう一面を表現したかったという気持ちがありまして。

 

三好 そうだったんですか!

 

野村  何か彼の心の中にも影があることを見せたいなと。もしかすると、アルバートは優しさや正義感が強いがゆえに、ウィリアム以上の闇を抱えながら生きてきたのかもしれない。そういうことを表現したかったんです。

 

とにかくモリアーティ3兄弟は、どこか闇を孕んだ人たちであり、アルバートもそこが魅力だと思っています。

 

三好 幼少期のパートを極彩色でとことん明るく描写したあとに、あの暗く影のある成年パートに移行するエンディングの演出は、とても素敵でした!

 

野村 ありがとうございます。絵コンテは僕が描きましたが、作画は第6話の作監もやってくださった中村深雪さんが担当してくださり、こだわりをすべて乗せてくださいました。

 

中村さんはああいう艶っぽいキャラクターを描くのが得意な方なので、本当にありがたかったです。

 

三好 幼少期のアルバートがすごく幸せそうですよね! 彼は何もかも与えられる立場で生きてきたけれど、居心地が悪くて、この世界が嫌いで。そんなアルバートが、弟ふたりにだけは幸せそうな笑顔を見せているのが印象的でした。

 

あのエンディングを観て、アルバートは生まれて初めて自分の意思で「この家族が欲しい」と思ったのかもしれないなと感じました。

 

野村 第2話で幼いウィリアムやルイスたちが笑っているのを見て、思わず自分も笑ってしまったアルバートが、まさにそういう感情なんですよね。自分の心の在り処というか、温かいもの、家族というものを彼が目にした瞬間であり、こだわった場面のひとつです。

 

 

 

2クール目では、シャーロックの成長にも注目してほしい

 

――そんな3兄弟に対抗する立場である、シャーロックについてもお話を聞かせてください。

 

三好 表面上は飄々としていて自由奔放ですが、とても誠実な人だと思います。これは少し前に担当さんとお話ししたことなのですが、マイクロフトという優秀な兄を持つシャーロックは、恐らく何かしらのコンプレックスを抱えていたんじゃないかと。

 

何かにつけて兄と比べられてしまうでしょうし、そうした幼少期からの積み重ねから、ナンバーワンではなくオンリーワンを探そうと生きてきたんじゃないかなと思います。世界で唯一の諮問探偵という看板も、彼が「これで生きていく!」と決めた生き方かなと。

 

野村 シャーロックって、あえて本心を語らないところがあるじゃないですか? 

 

例えば第9話で、ホープから自分を殺すなら犯罪卿について教えてやる、と言われたときも、一度はお芝居で乗っかったり。悪ふざけというか、人を試すようなことをしがちですよね。ウィリアムに対しても、「お前があのお方なんだろ?」とブラフをかけていますし。

 

そうやって相手の反応を見て、自分が興味を示せるかどうか、彼のものさしで測っているところがあるのかなと思います。素直じゃないともいえますし、自分の能力が高いばかりに、普通の人間は興味の対象にならないんでしょうね。

 

だから原作小説でもそうですが、人間より事件そのものにしか興味がなかったり、事件がないと自分を持て余してしまい、良くないことに走ったりして。

 

――たしかにそうですね。

 

野村 アニメ1クール目ではまだ悶々としていることが多いので、ジョンやハドソンさんがそんな彼の側にいてくれて良かったなと思うんですけど。

 

あとこれは第1話の先行上映会でも話したのですが、原作小説のシャーロックは完成された人間なのに対して、『憂国のモリアーティ』のシャーロックはすごく未完成なキャラクターで。そんな彼が、ようやく自分を焚き付けてくれるウィリアムや、慕ってくれるジョンと出会い関わっていくことで、人間的に成長していきます。

 

特に2クール目では彼なりに動いて、ウィリアムと並ぼうとする、その過程がすごく大事になっていきます。とにかく『憂国のモリアーティ』のラストに向けて、シャーロックの成長ってすごく大事な要素なんですよね。

 

それがあってこその、最後のふたりの対峙に繋がりますから。この作品は、シャーロックの成長物語でもあるんです。

 

――では最後に、2021年4月から始まる2クール目に向けて、ファンの皆さまへメッセージをお願いします。

 

三好 2クール目では新キャラクターもたくさん登場し、それぞれを描いたストーリーも盛りだくさんとなっています。物語自体もかなり大きく進展し作品の本筋に入っていきますので、よりお楽しみいただけるのではないでしょうか。

 

漫画とともに、アニメ『憂国のモリアーティ』を引き続きどうぞ宜しくお願いいたします。

 

野村 1クール目までは“ウィリアム一強”の印象が強かったと思いますが、シャーロックの他にも彼の兄であるマイクロフトや、アイリーン、ミルヴァートンらが登場し、物語に関わっていきます。

 

また1クール目では見せられなかったウィリアムたちの活動も見られますし、絵作りの面では、アクションもさらに増え動きのある画面になっています。後半はハードな展開にもなりますので、ぜひ最後まで見届けていただけたら嬉しいです。

 

 

Text:鈴木 杏(ツヅリア)